複雑な涙
今日は涙が出てしまった。なんとも複雑な涙。
少し前に入所されたフユさんは何でも自分でやろうとされる、白髪の可愛らしいおばあさん。
フユさんのお部屋の掃除をさせていただこうとしたら「自分でするから」とのことだったらしい。
ヘルパーさんにお世話になるなんて申し訳ない、と。
ところが次の日、娘さんに電話をされ「ちょっと、掃除しに来てよ」とお願いをしておられ…。
娘さんには「こちらでさせていただきますから大丈夫です」とお話し、私が掃除に行った。
「フユさん、ここでは何にも遠慮はいらんですよ。何でもいいから困ったことがあれば遠慮なく相談してください」と言うと「だけど悪くてねぇ…。この年まで遠慮して生きてきて、こんな癖がついてるのに、いまさら変えられんわぁ」とフユさん。
「悪くなんかないですよぉ。私はフユさんが困られたときに声かけてくれたら、すごく嬉しいの。
だけん何でも話してください」フユさんははにかんだ笑顔で「そんなこと言ってぇ…。
まあじゃ、お願いさせてもらうわ。
ありがとうございます」やっとのことでさせていただけることになった。
今日は夜勤。
用事があってフユさんのお部屋を訪ねると「あんた、こないだの人かいね?掃除代はいくらかね?」
「お金なんていらないですよ。ここの料金に含まれてるんです。だから大丈夫ですよ」
「まあっ、そんな訳にはいかんわね」
「いや、ホントにいただけません。上の人に怒られてしまいます」こんなやりとりが何度か続いた。
フユさんは財布をしまいながら「あんたはお金を受け取ってくれんけん…、じゃあコレ…」と今度はハンカチに包んであるものを出され、ゆっくりと広げられた。
中にはネックレスがふたつ。
そのうちのひとつを「コレいいでしょ。石は本物じゃないけどね、でも素敵なのでしょ。もらってちょうだい」「いやいや、いただけないですよ。フユさんのこんな大切なモノいただけません」
「いいから、形見だと思って」
「いえいえ、そんな。私会社をクビになってしまいますよ。だからお気持ちだけ」
「そんなクビなんか…。黙っておけば大丈夫。誰にもわからんわね」またこんなやりとりが繰り返された。
私は何か込み上げてくるものがあって、ウルウルきてしまった。
「形見なんて…。フユさんが元気な間は、フユさんが持っててください。お願いします。私フユさんのその気持ちでホントに十分なんです」
優しい気持ちをお断わりするのは本当に辛い。
「…。まぁ、あんたはホントに頑固だね。わかったよ、しまっておくわ。そんなこと言ってあんた、私がちょっとヨボヨボになりかけたら、ハイ形見ちょーだぁいって、すぐ取りに来るだないよぉ」と可愛く言われ、しょうがないなって感じにネックレスをまたハンカチに包まれた。
そのフユさんを見て、涙が出てしまった。
フユさんの気持ちに応えられなかったことが悲しかった。
フユさんはきっと受け取ってほしかったはず。
でもやっぱり…いただけない。
利用者さんにお菓子やみかんなんかをいただくことはあるけれど、ネックレスなんかは、そんなわけにはいかない。
何とも言えない申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「あんた、泣くだないわねぇ」とフユさん。
「フユさんの気持ちが嬉しかったけん。ホントにありがとうございました」
「何にもありがとうじゃないがねぇ」とフユさんは優しく笑われた。
お部屋をあとにしてもなんか切なくて、泣いてしまった。
目が腫れて目蓋が重い。
今夜は仮眠を取ろう。
目蓋が重いからはもちろん、なんか心も重い。
目と心を落ち着かせよう。
仕方のないことだけど、真っすぐな優しい気持ちに応えられなかったことが、すごく悔しかった。
フユさん、ごめんなさい。