グルグル介護ヘルパー頑張ります!
朝からKさんの様子がおかしい。
「主人がおらんのです…」昨晩の眠剤のせいで覚醒してないKさんは、目を閉じたまま主人を連れてきてほしいと言い続けている。昨朝よりもさらに不穏だ。
おかしいなぁ。私は自分の仕事の合間を見つけてKさんのお部屋に顔を出す。いつもなら「あら〜アンタ、来て下さったんやねぇ」と返ってくる返事が今日は一度もない。
ポータブルトイレの移動をしようにも「身体が痛い」と立ち上がれない。しょうがなく痛み止めの座薬を入れ様子を見る。ここ三日痛みの訴えがなく座薬なしで足が動いていたのに。けれど座薬の効果はほとんどない。
たぶん痛みは不安な気持ちからきているのだと思う。
どう考えても薬のせいで悪循環なリズムになっている。
私は自分が歯痒くてならなかった。薬なんかなくても眠れるし立ち上がれるハズのKさん。けれど夜間に動きださないよう眠剤を投与する。そのせいで覚醒せず不穏状態になり痛みを訴える。それは他の入居者や介護者のことを考えれば仕方ないのだけど…。
私はこうゆうやり方をしたくない。けれど四六時中Kさんについてる訳にはいかないので何も言えないのだ。せめていま不
安な気持ちを救ってあげることはできないだろうか。何度も顔を出し話をしているうち時折笑顔が出るようになった。
昼休憩を終え、今日は男性の入浴介助。
順番を頭の中で考えながら声を掛けてまわる。「お風呂行かれませんかぁ?」
「おおう、風呂か!」満面の笑みでタオルを出しはじめるSさん。
脱衣所で服を脱ぎながら「オマエも脱いで一緒に入ればいい」下心も何もない純粋な優しさ。
中には触ってきたりするちょいエロじじいもいるが、Sさんはただ私を可愛がってくれていて、お風呂は気持ち良いからと誘ってくれている。
Sさんは何かと厄介事を起こす問題じいさん。
毎日接していてウンザリすることも正直あるが、今日のような純粋な優しさに触れると、やはりSさんは素晴らしい方だなぁと気が引き締まる。
順調に入浴介助が進み「今日は早く終わりそうだね」と相方ヘルパーと話していると「ちょっとKさんがぁ」と事務所から呼び出しがかかる。
一人でベッドから下りて廊下を這っているという。
同じ階の世話好きおばあさんが知らせに来てくれたのだ。
本日二回目の逃亡である。またか〜と急いで駆け付けると三人のおばあさんに囲まれ、Kさんは廊下にチョコンと座っていた。
「Kさぁ〜ん」声をかけ車椅子に座らせる。私は世話好きおばあさん三人に「お世話になりました」とお礼を言い「Kさん、お部屋に帰りましょうかね」…
Kさんはキッと私を睨み「何言っとるかね!あの部屋に**さん(誰?)がおって、行かんといけんのです!」
指差す方向にはTさんのお部屋。するとTさんがタイミング良く「なんだが騒がしいけどどげしたかいねぇ?」とヒョコヒョコ出て来られた。
もう収集のつかない現場。まぁいっか〜、Kさんの話をゆっくり聞こう。腹を据えてKさんと向き合い、ツジツマの合わない話に耳を傾けながらKさんの表情に集中する。
すると先輩ヘルパーがやってきた。「あそこはね!違う人の部屋ですっ!Kさんのお部屋はあっちですっ!」威圧的な物言いでKさんを見下ろしながら言い放つ。
Kさんはキョトンとしたまま「…あっ、そげでしたか…」
先輩ヘルパーは私にウインクし「これで大丈夫でしょ」と目で合図を送る。あいたたぁ。先輩とはいえ知識も経験もあまりないヘルパーだから仕方ないけど、そんな言い方はないんじゃない?集まっていたおばあさんたちは部屋へ引っ込み、すっかり勢いを無くしたKさんをお部屋に連れていく。
「**さんはあんなことして好かんわ」悔しそうなKさんの顔。さっきまで探していたはずの**さんと先輩ヘルパーとが重なり、一人の「好かん人」になっている。
おかしな話だが本人は至って真面目。悪口を言い続けている。
認知症の方は生きていく上で必要なことができにくくなったりするが、人の心を読み取ることに関してはプロフェッショナルだと私は思っている。
言葉や言い方や表情からその人が自分と真っすぐ向き合ってくれているかそうでないか、すぐに読み取ってしまわれる。ピシャっと抑えつける人には特に敏感である。目の奥に雑念のないもうひとつの目があるんだと思う。
Kの顔を見ていたら悲しくなった。
先輩ヘルパーの接し方、それに対して何も言えなかった自分(私はサイテーだなぁ)、Kさんの世界に最後まで付き合えなかったこと。
先輩ヘルパーのおかげか、仕事は早く終わった。けれど気持ちは悶々としている。帰る前に一服しようと外へ出ると、ケアマネも一服しているところだった。
思わず「私、Kさんの気持ち考えると切なくなります、自分が嫌になるし…」溢れそうな想いをポロっとこぼしてしまった。
「わかるよぉ」ケアマネが優しく話してくれた。
「私は誰を見てても切なくなるよ。自分の立てたプランだけど、実際には満足なケアをできてないでしょ。それが不穏につながってる。私はひとりしかいないし24時間動ける訳じゃない。ずっと現場でやってきて自分の理想のケアをしたいと思って、それには上に行くしかないって上を目指したけど、いまは書類に追われて現場しっかり見ることもできない。同じところを目指すスタッフがいても育てることもできない。わかるよぉ、ホントにね〜落ち込むよね〜」
共感してもらうことがこんなに気持ちを楽にしてくれるなんて。いろんなことが頭をグルグル回る。
落ち込んでいる場合じゃないなと気付いた。第一は自分の質を上げること。知識も経験もつけて自信を持てるよーになる。
そしたら先輩ヘルパーにだって立ち向かっていけるかもしれない・・・