お茶をよばれるのも介護の仕事
ロンさんの「帰りたい」の訴えが最近異常だと、家族さんから連絡がきた。
こないだ何度も電話したり突然出掛けたいと言われたり、確かに様子が違った。
家族さんとしては顔なじみのスタッフが減り、新しいスタッフが増えたことが原因ではないかとのこと。
以前はロンさんと同郷のスタッフが関わることが多かったらしい。
お茶を飲みながら生まれ故郷の話で盛り上がり、入所当時の不穏なロンさんが落ち着かれたと聞いた。
最近では毎日スタッフの顔が違い、お茶を飲むよりもマニュアル通りの掃除をして終わることが多かった。
家族さんとしてはそれが原因だろうから、なんとかしてほしいのだと言う。
もちろんスタッフからすれば、時期や老いや、親戚の来訪が減ったことなどいろんなことが重なったとも考える。
いつもいつも一緒にお茶を飲んでばかりでは仕事にならないし。
でも家族の立場としたらそんなことには目がいかないので「対応に原因がある」と言いたいんだと思う。
ホントに落ち込むクレームだった。
私は最近ロンさんのセクハラにまいってしまい、少し距離を置いていた。
もしかしてそれも原因だったのかも…そう思うとドーンと落ち込んだ。
結局、古株の同郷スタッフが勤務する日はその人がロンさんのサービスに行き、新入りたちは一緒に行って接し方を学んでくることになった。
なんかヘコむ展開。
私は自分なりにロンさんとの関わりを見つけはじめていたから。
ただ近づきすぎるとセクハラを受けるとわかり、距離を置いていたところにこんな状況。
今朝は古株ヘルパーさんについてロンさんのサービスに入った。
古株さんはロンさん家族のご指名でもあるから、かなり得意気に「この人はこうだけんね」とひとつひとつ小声で指導してくれた。
そんなんわかってるけどなぁって感じだったけど、いざロンさんとのやりとりを見ると二人の信頼関係みたいなものをすごく感じた。
長く関わっていた時間と相性。
いまロンさんに必要なものはこの安心感なんだろーなぁと思った。
私にもそうゆう対応が求められるんだろーけど、相性や好き嫌いは誰にもあるからなかなか難しいかも。同郷のような固いつながりを築いていくのは大変だなぁ。
三人で饅頭を食べて、両手に花のロンさんはご満悦だった。
朝のバイタルチェックができなかったからと頼まれ、廻ることになった。
マスオさんユキエさんご夫婦のお部屋を尋ねると、ユキエさんはインスタントコーヒーを飲みながら読書、マスオさんは休んでおられた。
「おはよーございまぁす。お熱計りに来ました」
「おっ、来たな」マスオさんの体温はすぐに高くなるのでチェックが必要。
計ると微熱があった。
暑さに鈍感なマスオさんは部屋を閉めて薄布団をかけて休んでおられるので、体温が上がるのも無理はない。
部屋もモワっと蒸し暑い。
暑がりなユキエさんは新聞で扇ぎながらコーヒーを飲んでおられた。
私がマスオさんの血圧を計っていると、ユキエさんが小さな身体をチョコチョコと動かし何やらしておられた。
「終わりました。血圧はサイコーにいいですよ。熱はちょっと高めかなぁ」
「それはな、機械が壊れちょっだ」とマスオさんが笑いながら言われた。
急いで次の部屋へと思っていると、目の前に熱々のコーヒー。
「これアンタんだで。ほら、砂糖入れて飲め。しょーがしぇんべ(生姜せんべい)もあっで」ユキエさんは私にコーヒーとお菓子の用意をしてくれていた。
「いいけん、飲めや」とマスオさんもすすめてくれた。
正直なところ、さっきロンさんとお茶を飲んだばかりでお腹はパンパン。
しかも蒸し暑い部屋で熱々コーヒー。
飲めるかなぁ?時間もかなり押している、どーしよう…。
だけどニコニコ笑顔のユキエさんにおもてなしをしてもらって、嬉しくてたまらなかった。
「いいんですかぁ?よばれますね。ありがとうございます」と汗を流しながらコーヒーをいただいた。
本当においしいコーヒーだった。
おばあちゃん家でお茶を飲んでいるような、懐かしい感じ。暑くてたまらなかったけど、ほのぼのとした幸せな時間だった。
ユキエさんは汗を拭きながら「暑いのぉ」と変わらず新聞で扇いでおられた。
マスオさんはその姿を見て「あのな、ウチワを買ってきてもらえんか?」マスオさんはユキエさんを本当に大事に思っておられる。
ラブラブぶりを見ていてなんか私まで嬉しくなった。
「後で買ってきますね」お金を預かり昼の空いた時間に買い物に走った。
青と赤の和柄のウチワ。お二人の雰囲気にぴったりだった。
青をマスオさんに渡すと「おっ、ええのぉ」赤をユキエさんに渡すと「トンボ(の模様)がついとる。
おお、涼しいわ」と扇いでみて、嬉しそうに笑われた。
今日はお茶をよばれすぎて時間が足りなくなって、ほんっとに忙しかった。
だけど、いつもみなさんにお菓子をいただいたりお茶をよばれたり、そんなふうに可愛がってもらってるのが嬉しくてたまらない。
お返しができるように、いいサービスをしていきたいと思う。