介護の中の笑顔
カネオさんが最近、うっとおしいぐらい心配性だ。
とてもイイ方なんだけど、自分が中心で一番注目されてないと気がすまないタチらしい。
カネオさんは定年までバリバリ仕事をこなし、定年を迎え『無気力症候群』となり心臓を患ったとのこと。ペースメーカーを入れているが先生からは「何も心配はなく良好」と太鼓判をもらっている。
にもかかわらず「発作が起きた。舌下錠飲んでいいか?」と日に何度も呼び止められる。
最近は特に多くなってきた。
そのわりにいつも散歩へ出掛け「散歩の途中発作が起きた」と心臓をおさえてアピールがはじまる。
でたっ、まただよぉ。
心配してほしいんだろーけど、スタッフだって人間だからいつまでも笑顔で長話を聞いてはいられない。限界がある。
所長に至ってはターゲットのごとく呼び止められるので「もう顔を見るのもストレス」と言うぐらいマイっている。
今日も何回「発作が…」と聞かされたことだろう。
もう私も限界かも…。
こないだたまたまお部屋に行ったときのこと。
ヘルパーが少なく私は余裕なく走り回っていたのだが、少し時間ができて話を聞いていた。
「30分ぐらい前発作が起きたけん、舌下錠飲んだわ。いま少し治まったとこだ」
あいたたぁ〜「飲む前に言ってよぉ」と思ったが仕方ない。
そこからの長話も心の中で「ハイハイ」と思いながら、笑顔で最後まで聞いた。
聞いてもらえたことで満足された様子。
夜勤さんに報告しといてほしいと言われ、夜勤のおばさんが来られたらすぐに申し送った。
すると「カネオさんの発作は話を聞いてあげれば治まるんだけん、聞いてあげらんと。舌下錠飲めば胃が荒れて胃薬飲むよーになっていいことはないよ。私なんか夜中コールがあれば話聞いてあげるよ。そうすれば薬なくても治まるけん、そんなふうにちゃんと話聞いてあげてくださいっ!」
鬼のような顔で怒られた。
いやいや、私にどうしろと言うんだろう。
そんなことは百も承知だっつーの。
ため息がでた。
確かにおばさんの言うことは正しい。
私のケアがダメだったこともわかっている。
けれど私の体はひとつしかなくて、昼間はたくさんの方を見ている。
特に今日は人手がなかった。
夜勤中にコールで呼ばれマンツーマンで話せる状況は作りにくい。
それぐらい理解してから話をしてもらいたい。
あんなふうに頭ごなしに怒られ、自分のやってることアピールされてもムカつくだけなのに。
「すいません。気をつけます」とは言ったけど、モヤモヤが残った。
カネオさんの『精神的な発作』を抑えるべく、精神科の先生に診てもらうことが決まったらしい。
気持ちからくる不調はなかなか治らないから難しい。
私たちは仕事をこなさなければならないから、受けとめきれないこともあると思う。
でも本当はこんな場合もちゃんと向き合える時間と心の余裕が必要なんだけど…自分の余裕の無さに反省しまくった。
今日の午後はまた男性の入浴だった。
時間に追われながらも、キクエさんが床を這っておられないか心配で何度も顔を出した。
なんと、キクエさんは一人でポータブルトイレに行っておられた。
三回も。
一回目は失敗され床に尿の水溜まりができていたが、私はキクエさんのこの行動力に感動した。
足先が濡れていたので清拭し床の掃除をした。
「アンタにこんな汚い仕事させて申し訳ないわぁ〜」
「そんなこと気にせんでくださいよぉ。キクエさんが一人でトイレされてすごく嬉しいんだけん」
「まあ、本当ですかねぇ」と他人事のように喜ばれた。
なんで私が嬉しいのかわかっておられないが、私が嬉しいと言ったことがキクエさんも嬉しいらしい。
ケアマネとタバコを吸いながらの話。
ケアマネは昔入院中に身体を動かすことができず、排泄介助をしてもらったことがあるとのこと。
布団や床を汚してしまったときの悔しさ恥ずかしさはいまでも忘れられないと言われた。
掃除をしてくれた看護士さんたちの引きつった作り笑顔も。
「わかりますぅ」と私。
一年半前に子宮の手術をしたので数日ではあったが入院した。
術後尿の管を入れられ寝たきりで、麻酔の副作用にも襲われた。
何度も看護士さんに助けを求めたが、嫌そうな顔でめんどくさそうに扱われたときのことは悲しくて悔しくて忘れらない。
そのかわり優しく接してくださった看護士さんは本当に白衣の天使だった。
介護される側にたってみると、自分がどのように扱われているのか敏感に感じてしまう。
私もいつもそんな目で見られていたんだと初めて気付いた瞬間だった。
嫌そうにめんどくさそうにケアをしたことは何度もある。そのとき相手にどんな悲しい思いをさせていただろうかと思った。
介護をしているほうも人間だからいつも笑顔でいることは難しい。
だけど、汚いことでも笑顔で優しくしてくれたら、どんなに心が救われるだろう。自分がそれをわかってるから、どんな状況でも笑顔でできるよういつも穏やかな心でいたいと思う。