漢字ドリルと甘いコッペパン
今日は急遽早番になり、そうなりゃもちろん寝坊して、最悪のスタートとなった。
ホットの缶コーヒーを飲みながら食堂の喫煙席で一服していると、サチコさんがジャンパーを来て現れた。「おはよう。アンタゆうべ泊まったかね?」
「サチコさんおはようございます。早番で今来たとこですよぉ。サチコさんは散歩帰り?」
そう、サチコさんは毎朝散歩を欠かさない。
「いんやぁ、今から行くとこ。最近朝が暗てねー。時間遅くして今頃行くわね。あんま暗いと恐いけんねぇ」
「うん、暗かったよー。それにすごく寒いよぉ。気をつけてね」
「あげだねぇ。昨日はあそこ行ったよ。あの…ローソンかいね?行ったけど買うもんが何にもなかった。でもね、おでんやなんかもあるみたいだよぉ」
お年寄りさんにとってコンビニはデータのないお店。
ローソン話をしているサチコさんの目がすごく輝いていて可愛らしかった。
サチコさんは夜早く寝て朝早くから行動をはじめる超朝方人間。
三時四時には起きてお部屋で漢字ドリルに没頭し、陽が昇りはじめると散歩へ。
これが日課。
この漢字ドリルをはじめられたキッカケは私が「これから少しずつ漢字の勉強しよーと思って」と何げにドリルの話をしたところ「何かねソレは?私にも買ってきてごしない」
それからサチコさんはドリルにハマってしまい、すでに3冊目に突入している。
毎日地道にこなして着実にステップアップ。
私はというと、やっと数ページを終えただけ。
いつも「アンタどこまで進んだ?」とサチコさんに言われた。
「こないだ2ページ進んだとこ。またちょっとしかできんかったぁ」と答えると「アンタは忙しいけん仕方ないわね。私なんかすることがないもん。コレが仕事。もう半分以上終わったよ」嬉しそうに可愛い笑顔で優しく言ってくれる。
サチコさんは不思議なおばあさんだなぁといつも思う。
リーダー的存在なんだけど、威張ってるわけじゃない。
スタッフとも利用者さんとも仲が良く、だからなのが新情報にはとても鋭い。
かといって噂を振りまくわけでもない。
利用者さん同士のトラブルをサラっと教えてくれてアドバイスをくれたり、訴えがある人のために事務所までヘルパーを呼びに来たり、自らが解決して事後報告を聞くこともある。
たくさんの人が集まる施設にはリーダー的存在のおばあさんが必ずいるもんだけど、うちの施設のそれはサチコさんだからこんなに平和なんだなぁとつくづく思う。
こんなおばあさんになりたい。
なれないけど。
早番でバタバタしていると、朝食終わりのサチコさんが近づいてきた。
「コレあげる」ティッシュにくるんだ何かをそっとくれ「アンタさっき朝ごはん食べてないって言っちょったけん。私半分しか食べれんだった。アンタの朝ごはんにすーだわ」開けてみるとジャムをはさんだフワフワのコッペパン。
「サチコさん食べないの?気遣ってもらって申し訳ないですよ」
「いんや、ホントにお腹いっぱいだけん。いつも半分残すけん、アンタ食べてよ」
「ホント?ありがとう。よばれます」ウンウンと頷いて、サチコさんはおばあさん仲間のもとへ帰って行かれた。
嬉しいなぁ〜。
サチコさんとの会話、優しいあったかい笑顔と気持ち、甘いコッペパン。
『早起きは三文の得』とはよく言ったもんだ。
漢字ドリルの次はことわざドリルもいいかもしれない。(そんなドリルあんのかよっ)